殺気はあくまで戦闘行為の手段の一つでしかなく、殺意すら持ち合わせない己には不必要なものだった。]
――さようなら。
[別れを告げる声は、彼にはどのように聴こえただろうか。まるで平時であるかのような声色に、殺気さえ込められていないその声は、或いはこの場に於いて殺気以上に無粋なものかもしれない。殺意を帯びない殺しほど恐ろしいものはないと、かつて教わったことがある。
別れを告げると、己は空間の波長と合わせるように、夜闇と一体であるかのように、この場で流れる月明かりと呼吸を同調させて、遂にその意識を刈り取るのだった。
頸椎の辺りへ手刀を一閃だけ落とし、窓から外へ躍り出ると、今度はそこを抉り出す。途端に、密度の高い血と“死”の香りが鼻腔をくすぐるのだった。この一瞬で、コップ一杯の水を飲み干すのにも満たない煌めきの中で、果たして彼はどこまで意識を保っていたのだろうか。]
僕にかけられた呪いは誰にも解けはしない。解かさせやしない。
[最後に鎖状の約言を呟くと、宿から少し離れた森の中で夢中になって貪った。空っぽな自身の中身を埋めるように。“渇”きを潤すように。]