―幼き日―
[風のない、穏やかな夜だった。
銀灰色の毛並みを持つ母と兄弟達に誘われ、その背中に乗って蛍を観に行った。
頭上を見上げれば、黒い木々の枝影が開けた夜空に蒼い大きな月と満天の星が散り。
手の届かない遙か天上から降り注ぐ星屑の光が、鏡のような湖面に映し出されて、小さな恋の光りを灯した蛍達が乱舞する。]
わぁ〜! いっぱい いるよ!
[飛び回る小さな光りを捕まえようと追いかけて、追いかけて、湖に落ちそうなっては兄弟に服を咥えられ、かろうじて湖に落ちずに済む。
「強く握ったら、死んでしまうわ」
狼の姿の母は、ゆったりと横になり。たった短い一言で、優しく扱う事を教えた。]
……――だれ?
[遊び回るのにも飽きて、母の身体に頭を預けて眠りに旅立っていた少年は、初めて見る大人の男達を前に目をしばたたかせる。薔薇のように赤い髪の人と、母のように銀色の髪の人。
母や兄のまねをして、鼻をひくつくせてみても、何の匂いもしない。
生んでくれた本当の母が人間だと言うことは聞かせれていた、その時、血に混じって父親の匂いがしたとも。]