[商品でもなしに陳列棚の横に常に掛けてある軍服の所以は、
フランツがまだ子供と呼べる時分だったか、それとも
少年期に差し掛かる頃であったか、何かの折に話したことがあった。
数十年も昔、まだうら若き娘であった頃、
隣国との国境のとある街に出稼ぎに出ていたこと。
ある年に勃発した戦争に巻き込まれる形で参戦したこと。
其処で結婚し子を成して、しかし戦乱の渦中で彼らを喪ったこと。
生まれ育った村に戻り、家業を継いで定住していること。
二度と同じ後悔をせぬようにとの戒めとして
当時のままに軍服を保存しているのだ、ということ――。
この地に長く住めば、村の人間の人生背景は自ずと知れる。
身の上話には口が固い方だが、話したことのいくらかは、
既に住人には広く知られている身上話だ。
……ただひとつ、
近しい者を喪うに至った直接の原因については
未だ口を閉ざしているけれども。]