[ たった一人の掛け替えのない人と彼女は言った。>>173
数年前――兄を、殺したあの日の後から、
学者は衝動が抑えられなくなれば人を殺めてきた。
"誰か"の掛け替えのない人であっただろう誰かを。
…彼女の華奢な両手足の指では足りないほどに殺した。
そのことを彼女は知らない。
――知る由も、ない。
兄一人の血だけではない。
ロー・シェンの両腕は幾人もの血で穢れている。
だからこそ、
彼女に苦しみと痛みを共有したいなどと。>>174
そう言ってもらえる資格がないことなど、わかっているのに。
……わかっているのに、
どうしようもなく狡い心が彼女に全てを告げることを避けていた。
彼女を守りたいと思う一方で、
赦されるなら一時でも傍に居たいと望んでしまっていた。 ]