[帽子の下の空色は、夕日のような茜へ染まる。
幻術――常なら人間に掛けるのが精々で、
同族への施術など未熟な己には至難の業だが。
偶然にも手元に膨大な媒介が在り、
相手が正気の精神を喪失している今ならば或いは。
羆は動きを止めた此方へ、
追撃を重ねようと向ってくるだろうか。
獣の視界に、白い霧が広がっていく――――…。
施術が成功したならば、
相手は暫しの間、男の姿を見失う。
それどころか、自分の居場所も見失う。
霧の晴れた後、羆の目に映る景色は、
彼にとって縁深い何時か何処か。
過去の風景の中に囚われる。
…さて、何処まで術が掛かったか。
少なくとも逃亡中の足止め位は出来るだろう]