負傷兵 シモン

― 宿屋：図書室 ―

［宿屋の一角に作られた図書室は、平たく言えば郷土資料室のような体で、この島の最低限の歴史や風俗を把握するのには十分な資料の量だった。］

金狼とセイラ様の伝説……　これか。

［簡潔にまとめられた資料を見つけ、ページを捲る。
　そこには、月からやって来た狼の話、狼の遣いに選ばれた娘の話、娘が神託で温泉を湧かせた話、と続いて、
　最後の一節で手が止まった。

"金狼様はセイラ様との間に子を成し、村の守り神となられました。"

"セイラ様との間に子を成し"　］

　は？

［思わず漏れた声には、驚きよりも怒りや苛立ちの響きが勝っていた。文字を指差している右手が、わなわなと震えだしていた。

――あり得ない。
　この現世に生きている限り、人狼と人間が結ばれて子を成すなんて出来るはずがない。そんな理想郷《ハライソ》としか言いようがない事が、かつてこの島では実現されていたというのか？］

　――おぞましい……

［乱暴な音を立てて資料を閉じる。
　認めない。こんな事が事実であるはずがない。
　これが事実であるというのなら――］

　あいつは、なんで死ななきゃならなかった……！

［絞り出すようにこぼれた声には、涙で震えていた。］