― 回想・ある日森の中 ―
[過去、ディーンに伴われ森へ向かったことがある。>>107
マーチェス平原に隣接するキュベルドンの森は当然のように遊び場であったが、クマ退治をすると言われたのは後にも先にもただ一度きりで、馬上で何度も兄貴分に問うたものだ。]
「ねえ、ディー兄ィ。クマって、あの熊?」
[森の王者、森林生態系の頂点に立つ生き物を思い浮かべ、
エドルファスは表情にありありと疑問を浮かべる。
ディーンの武器は両腰の山刀だけ。自分はダガーに布の服。
こんな装備で大丈夫か? 否、子供だけで大丈夫か?
かくして、花咲く森の道もとい森の橋で出会った熊は、
堂々とした巨躯を誇り聳え立っていた。]
「クマ。クマって……人間じゃないか。
あっ、ちょっと、ディー兄!?」
[預けられた手綱を放すことも出来ず、
物怖じせず男の足元まで歩いてゆくディーンの背に声を投げる。
金品置いてゆけと笑うクマの顔と兄貴分とを交互に見る。
大振りの斧のぶんと風切る音が耳につく。
――「どちらかと言えばあの時って、喰いに言ったのは兄さんの方だったな」と笑い話に出来るようになったのは、それから少し後になる。*]