[おそらく、彼もしたように……A線から音を合わせる。
弾くのは、あの時の曲。
覚えてるよ、と彼に伝えるために。忘れないよ、と自分に言い聞かせるために。
(さぁ、歌おう。)
すうっと息を吸い込んで弓を引けば……"弦を震わせ、高音が歌う"。
些か乱暴に始まったその音は、くるくると駆け出すように部屋に響いた。
小刻みに、不安定に揺れる音。
ケタケタと、陽気に笑うような明るい音。
何かを決意したような、力強い音。
彼が歩いてきた道を……一音一音噛みしめて。
ぐぐっと胸の奥からせりあがってくる感情を乗せ、はっ、と短く熱い息が漏れる。
ときにユタリと回り道。
グランディオーソからアクセントをつけて。
多彩な音色と、とろけるようなフォルテシモ。
はじけるようなアクセントは、不格好にも音が飛ぶ、ギターの音色を思わせた。]