―タンポポの話―
[マーティンがこの話をするたびに人々には驚かれるのだが、実はこのクマにもちゃんと家庭があるという事だ。
妻はシンシア・グリズリー。今でこそ旦那を尻に敷くような、クマをも恐れない勝気な妻となったが、その昔は可憐で花のような女性だったのだ。
その昔、いつものようにラモーラルの都へマーティンが飲みに出掛けた帰り道、それを見かけた。
路地裏へ連れ込もうとする複数人の男性と、その中心に居る、花のような小さな女性を。
女性は明らかに嫌がっている様子だった。
柄の悪そうな男たちをあしらおうと抵抗するが、その力及ばず、どんどんと暗い所へ連れ込まれようとしている。]
おいおい。待たねぇか、てめぇら。
よってたかって、みっともねェなぁ?
[深く考える前に、先にそう言っていた。
自慢の斧はない、手にしているのは発泡酒の空きビンだけ。
それでもマーティンに不安は無い。
気分を害した男たちがマーティンに襲いかかるが、それを瓶と拳ひとつで跳ね除けた。
それでも多勢に無勢、倒し損ねたゴロツキの一人に顔を傷つけられた。
元々から不細工な顔だ、今更傷のひとつやふたつ増えたところで気にすることはなかった。
しかし、当時シンシアはひどく気に病み、その後、何度もマーティンに会っては傷の手当てをしてくれたものだ。
それが、シンシアとマーティンとの出会いだった。]