[ハダリーは、その問い>>141には答えず、部屋を出て行った。
去っていくその後ろ姿を、引き止められなかったのは何故だろう。
自分の両手を見つめ、思わず顔を覆った。]
ポール・スコット‐ダンカン……
[知っているも何も、音楽に携わる者で、彼の名を知らない者などいないだろう。
壮大な世界観と捻くれた解釈で、幾度となく弾く者を打ちのめし、殴りつけたくなるほど難解なその曲。
課題曲になった日には、己の不運を嘆くほどに。
そのくせ……とんでもなく、いい曲なのだ。
親しみやすいメロディー、重厚でいて、明るさを惜しみなく注がれたリズム。
その旋律の一つ一つに意味を持ち、終盤に向け、まるで何かに訴えかけるような……そんな厳格な音楽性。
かくいう自分も、その音楽性に魅了された一人であったことは想像に難くない。]
……貴方にピアノを教えたのは、あの人なんですね。
……聴いて、みたかった……。
[ポツリとそう呟く。
それは懐疑心や不安を削ぎ落とした、素の自分の声だった。*]