[やがて選んだ曲は、とある映画の音楽。
陸路を旅する穏やかなロードムービーの後ろに流れる、ささやかで優しげなメロディー。
ザ・ロード・バックを彩るそのテーマ曲は、映画の古さもあって、知る者は少ないだろう。
行きて帰り来る主人公の歩みの、その先にあるものは……
弦を震わせ、高音が歌う。
みしらぬ果てへと手を伸ばし、未だ知らぬ場所へ。
弦を震わせ、低音が響く。
押さえる指に響く振動に、込めるべき感慨を知らない。
ぽっかりと空いた、虚ろな白い穴の周りを――知らないものであるがゆえに奏でられないそれを、眺め、触れ、切りこもうとする――…
熱や羨望を持つことすら知らない、透明な欠落。
音と瞳に虚ろが射したのは、僅かな間のことだったろう。
そしてその間にも、高音と低音のはざまにある、もっとも多く奏でられる音たちは、地についた足を一歩、一歩、前へと運ぶように、確かな旋律を奏でていた。
歩み続ける音なら、奏でることが出来るのに。]