[A線から音を合わせる。
寒暖の差のない船内の空調のおかげか、狂いは殆どなかった。
エチュードをいくらかこなしてから、好みの曲を弾きはじめる。
古いクラシックから、最近耳にした流行りの曲まで。
プロの演奏家ではないが、昔から鍛錬を欠かさなかった腕は確かなもので、もし聞く者があったとしたら、耳の肥えた者にも技術はそれなりに満足してもらえるだろう。
けれど、音の出し方は、型にはまったものではない。
決して荒々しいわけではないけれど、思い切りが良く、緩急が気儘だ。
ホールの音楽というより、山賊の宴会だな、と言われたことがある。
言い得て妙というやつだ。
左手が軽やかに弦を押さえて走り、
弓を持つ右手は柔らかく。
興が乗るにつれて身体を音に任せて、体が楽器の一部であるかのように、全身から音を出すように。
時に軽快に、時に大らかに、馴染んだ楽器を思うままに歌わせる。]