[歩き出す前に、鞄の蓋を持ち上げる。だらんと両腕を下ろす。
動きを止めた黒い影の傍ら、ゆらり、と白いひとかたが俯いたまま立ち上がる。陽光に映える上等な白のドレス、豊かな白金の髪は、『作り物ではありえない』やわらかな艶を帯びている。
ゾフィヤの指が、先ほど烏を見あげたときと同じ動きをなぞれば、コッペリヤの片腕が、まるで鳥の羽根のように羽ばたいた]
――ん、やっぱり君はカラスってガラじゃない。
カラスは――わたし。うしろにいるけれど、いない。まっくろ。
[見あげれば、あのカラスはいなくなっていただろうか。どこかで、鳴き声がしたような気もする。>>84]
もし二度と…無理でも…『せめてもう一度、かなうなら』
[腹の底から、カァ、と濁った鳴きまね。ばさりと羽ばたいてみせたその腕は、確かにコッペリアよりはよほど荒々しく、烏らしいともいえた。
鞄にコッペリアをしまい、歩き出す。もっともその頃には、双眼鏡の主はその場を離れ、宿探しのために通りを彷徨っていたらしいのだけれど、それは彼女は与り知らぬこと。
たどり着いたその場所に何もないことを確かめれば、諦めて山道に戻り、遅れて村についただろう]*