―宿へ向かう道中―
[宿へと向かう途中、煩わしいほどに刺してくる寒さによって、引きずり出されるかのように、らしくもなく、己の過去を回想した。
それは昔のこと――などと言ってしまえば、まるでこれから悲劇的な過去でも語られるかのような振り出しかたではあるのだが、自身の過去に悲劇らしい悲劇など一切ないことは自覚している。だからこれは、ありふれた話。よくある与太話のようなものだ。
それは両親がまだ存命で、感情の無さを気味悪がられていた頃のこと。別に気味悪がられていたことについては自身にとってどうでも良いことで、そのことにすら何の感情も抱いてはいなかったのであるが、或る冬に「できるだけ食事を我慢してほしい」と願われたことがある。
それは両親からしたらなんてことのない頼みごとだったのだろう。しかし、自身は“餓えて倒れるまで何も口にしなかった”のだ。それはともすれば親のために頑張り過ぎた子供のように捉えられる行為かもしれない。
だが、そんな人間らしい“それ”とは明らかに性質が異なっている。自身はあくまで“餓死する寸前ですら何かを食べたいと思わなかった”だけなのだ。