[ふと一冊の本が目に止まり、手にとる。
古い紙質の割に色褪せない背表紙から、その本があまり読まれていないものであるという事が伺えた。
著者の名前はステファン=リッシュ、70年前に書かれたその本に、男は“彼女”との出会いを思い出し、嬉しそうに笑みを浮かべ――…]
― 回想・吸血鬼と人間 ―
[70年前までの男は、今とはまるで別人だった。
空腹になれば食事を摂り、命じられたから仕事をこなし、与えられたから領地に住まう――…言われなければ髪を切ることもしないまま、自我のないかのようなその姿は幽鬼を思わせていたかもしれない。
無気力に“ある”日々の中、一人の少女に出会う。
怯える少女を前に飴玉を一つ差し出したのは、狩ることを禁じられている区域故、泣いて大声をあげられては困るから。
真祖の王が、気まぐれに、男に飴玉を渡さなければ、違う手段を探していただろう事は想像に難くない]