[御者に頷き、支えようとする手は控えめに断ると、見知らぬ街をゆっくりと自らの足で歩いた。 その頃はまだ下ろしていた長い髪が、領地より少し強い風に揺れる。 途中、ふと何かに気付いたように、足を止め顔を上げた] 嗅ぎ慣れぬ匂いがしますわね。 それに、ずっと遠くで響いているあの音は。[その呟きに、御者は病気がちで外へもろくに出た事のない少女に何を思ったか、少し間を置いて。 背を向けたまま、静かに答える]『ああ。 ――海、ですなあ』