[彼女が言うには、突如としてこの村に訪れなくなった理由は此方を喰らわないようにするためらしい。こう、言葉にしてしまえば単純だけれども、彼女にとってこのことはそう単純な話ではない。彼女は此方のことを喰らいたいと願った。それと同時に、彼女は此方を喰らいたくないと願った。彼女にとって、何かを願うことの意味は想像を絶するほど大きい。故に、彼女は過去に一度たりとも相反する願いを同時に抱いたことなどなかったし、本来であれば抱くはずのないものだった。恐らく彼女は、膨らみ続ける願いに身を裂かれ、心が壊死していくかのような感覚を味わっていたことだろう。]
良いよ、僕は。君が望むのであれば。
[──喰らわれてしまっても。
そんな此方の言葉に、彼女は何も応えなかった。
──その日、彼女は泣き疲れた子供のように、穏やかな寝息を立てて意識を閉じるのだった。]
―回想・約十年前C終了―