[祖母は厳しい人だった。一度決めたら曲げない人でもあり。
3代前に外へと向きかけた伯爵家の目を帝国に戻すために嫁いできた人だから、公国人である母は否定され、母と逃げた父も否定され、それまでの7年間を全て否定された。
抗う術をまだ持たなかった子供は、6年間、言われるままに従ってやり過ごすことしか出来ずに育った。
理屈で心を覆い隠して鎧うことを覚えたのはこの頃のこと。
祖母の死を乗り越える時にも使えたのは幸いだったかどうか。
扱い難い子供として後見人と対立してしまい、その後の一族との付き合い方に難儀することにもなったが]