― 宿の自室 ―
[…は自室に戻った。マリエッタが死んでしまった事実が心に重くのしかかる。
生きていてほしかった。告白して世界一大好きだなんて言われたことがどれほど嬉しかったか。
自分を世界一好きになってくれた人はもういないのだ。
誰にでも好意を持てる…だったが、逆に言えばそれは誰にでも良い顔をするだけの底の浅い人間である証拠だった。
そんな…が一緒に未来を生きることが出来たらと想像した相手も同じように好きになってくれたことは、…にとって自分が思っていた以上に救いになっていた。]
マリエッタ…ああ、そうだ、君を想って歌をうたおう。
それしか俺には出来ないから…。
[…はケースから弦楽器を取り出す。複数の弦を鳴らし愛の歌を奏でた。息を吸い、歌詞を紡ごうとする。
しかし、喉から声が出なかった。]
あれ、あれ…?
[もう一度歌おうとする。しかし、普通に話すことは出来るのに、歌おうとすると喉の奥が引っかかった。無理に声を出そうとし激しく咳き込む。]
ゲホッゴホッゴホッ…!
…マリエッタ…俺、歌えなくなっちゃったよ…。
[…は呆然と呟いた。歌えない自分は、酷く無価値な存在だと感じた。
こんなにも絶望が身体を、頭を、心を押し潰そうとしているのに、何故だろう、その目からは一雫の涙も流れ落ちはしなかった。]