[昨夜の警報で船はいつもよりも高く引き上げられていた。
海から視線を剥がし、船らしき影に近づくクララの顔に雨に混じって海の飛沫が掛かった。
すると今度はディーターの事を思い出した。
結局、昨日はディータに言いたいことも言えなかった。
ディーターこそ、自分の不躾な視線にもどこ吹く風。クララの事なんて気にも掛けない様子だった。
いや、自分の方こそ、ディーターのことを気にし過ぎているのかもしれない。
何故あんな男が気になるのか、クララは考える。
けれど、どんなに考えた所で、ディーターがかつて巷を騒がせた夜盗だということ。まさか、実家に盗みに入った男だとはクララは気付けない。
家に入って来た夜盗とばったり出くわしたクララ。あの距離でははっきりお互いの顔は見えた筈。なのに、クララはディーターがあの男だと分からなかった。
何故、ただの民家にあんな大金があったのか。その理由を男が知らないように。]