―― 地上 ――
[春を焦れ続けた原には生の気配が満ちていた。
気の早い草花らは既にしどけなく花弁に黄粉を塗している。
土地を吹き抜ける風も柔らかく、生温い。
人里から遠い地は未熟な文明にすら穢されておらず、創世の時から変わらぬ姿を晒し続けていた。
背の低い若草を踏むのは、陽光に眩んでしまいそうな人影。
整えて撫でつけた髪は細く、瞳はこの大陸の広く分布する人間種に似せた月色。一見すれば、領主を思わせる身なりだが、伴も馬車も無い。背の高い初老の男が持つ物と云えば、彫金が施されたステッキばかり。
トントン、とステッキの先で春に萌えた土を叩いて、天の恵み溢れる肥沃な大地を確かめる。
禍に淀むことのない土地は、自身が求めていた狩場であった。]