― ロロンド邸 ―
[滴る水を拭うために借りた布を返し、暖かい茶とともに通された客間で待つ。程なくして見えた家主の姿。椅子から立ち上がると背を正し、胸に手をあて頭をさげる。]
ロロンド卿。ご無沙汰しております。
ええ。貴方に弟子入りしなくてよかったと思えるくらいには、旅鳥を謳歌しておりますよ。
[ヴィンス・ロロンド。元宮廷画家であるこの御仁が若かりし頃。己がまだ没落貴族の放蕩娘だった頃。その絵に感化され、絵の素養もないのに無謀にも弟子入りを志願したことがある。ルーウェンという生まれ持った姓を知っているのは、今ではもうこの御仁くらいだろうか。]
……明朝には出立することになりました。
ローレル嬢とお会いしたかったのですが、留守のようですね。
[娘御の名を出せば顔が曇る。けれど、寡黙なこの御仁が多くを語ることはなく。その理由に踏み込もうとも思わなかった。旅の荷物は少ないほうがいい、それが己の生き方だ。]