―回想・前日の宿屋厨房―
[シモンの作り上げたパイ>>269を見て、思わず感嘆の息を漏らす。教えた側としても、予想以上の出来だった]
――これが、人の為に作るということか。
[心の中で、咀嚼するように呟く。元来、人の為に作るということは、相手の理想そのままに作るということではない。相手の理想に合わせることも、或いは大切なことなのかもしれないが、それ以上に“自分が”相手にどのような価値を提供したいかという願いが、その真価を決めるのだ。
期待以上を作るということは、そういうことである。自分などより、シモンの方が物作りには向いているのかもしれないとさえ勝手に思う。
しかし、だからと言って嫉妬や羨望を抱くこともない。そんなものを抱けるのであれば、自分もとっくに期待以上を作る域に至っているだろう]
なに、それは君の望みが為したものだから、僕はその手伝いをしただけ。殆ど何もしていないようなものだよ。
でも、まぁ――どういたしまして。
[含みなく応える。「ありがとう」と言われたのなら「どういたしまして」と応えるべきだと。それは半定言的な命法だと。昔、彼女にそう教わり、願われたから]