彼女に関し、記録に残っていることは数少ない。
オルヴァルの敗戦に当たって、ユルド社が帝国に経営者の孫娘を差し出したという記録は、当時のモルトガット帝国皇太孫に仕えた侍女の手記に残っているのみである。
翠の髪の小さな女神と称された彼女は、紆余曲折を経てモルトガット帝国海軍に所属し、グロル海峡遠征へ従軍した。
そして戦いの中で水雷艇を駆り、命を落としたのである。
彼女の胸中を窺い知ることはできないが、ここに彼女と同じ艦に乗っていた兵士の言葉が残っている。
『いつも笑っている奴だったが、
歌っている時だけは笑っていなかった。
どこか、自分のいない遠くを見ているみたいだった。』
── 『海の鎮魂歌─ 名もなき兵たちへ寄せて ─』