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[間近で見る魔王には、それほどの恐怖を感じなかった。
剥き出しの害意を向けてきた魔狼とは違う。
人には抗えない自然の驚異めいて、畏怖を呼び覚ますと同時に抗いがたい魅力を備えている。
自ら膝を折りたくなる誘惑に耐えなければならなかった。]
私は正しき聖騎士の道を目指している。
魔の叙勲を受けることはできない。
[拒絶を伝えるにも、気力が必要だった。
そのうえ自分は、己の要求を通そうとしているのだ。
ゆっくり深く息を吸って、肚に溜める。]
だが、私はここに、魔と添わせるために招かれたと聞いた。
私を求める者の手を離すことはできない。
私は彼と、人の世界で共に生きたい願っている。
彼を魔界より連れ出すことを許してもらえるだろうか。
[天使を主と仰ぎ、彼だけの聖騎士になるのではなく、民のために身を捧げる道を行きながら、彼を傍に伴っていたい。
無論それは人狼の王の魂も常に側あることに他ならない。
それも覚悟の上だった。*]
[蛇が闇に消えてより後、堕天使が雛と共に前に立つ。
進み出た雛は膝もつかず首も垂れず、不遜な、或いは気丈な態度で叙勲を拒否してきた。
それを不敬と断ずることもせず、無言で続きを促す。
雛が望むのは、魔に従うのではなく、並び立ちたいというもの。
身の程を知らず、立場をわきまえぬ願いだ。
聖騎士飼いの支援と普及という、此度の催しの趣旨にも反する。
しかし魔王は即座に否定はせず頷いて、堕天使を見た。]
汝の望むことを、望むままにせよ。
ぬしはどう考える?天より降りし同胞よ。
[魔の律を唱え、問う。
魔王自身の考えがどこにあるか、その瞳から窺い知ることはできない。*]
[ 魔王が下賜した短剣は、割って入ったアレクシスの背を撫で斬りにする。]
んっあああ…!
[ 体内で蛇が暴れ、短剣を取り落としそうになって、とっさに刃の向きを変え、自分の胸に向ける。
そのまま引きつけた。]
[ それは自傷行為ではなく、出現した場所に鞘があるという直感に基づく収納方法である。
《心の剣》は心臓の位置に再び飲み込まれた。
そしてウェルシュ自身はアレクシスが呼び出した闇に飲まれる。]
──…、
[ 影の中から取り出された時、アレクシスが最初に投げかけたのは教育的指導だった。
それを聞く間も、目の焦点が虚ろだったのは、彼を斬ったことで"知った"ものゆえ。*]
[ 魔王の前に進み出たエディは、人間ならば当然、受けるであろう畏怖に晒されながらも、誰の手にも頼ることなく地を踏みしめていた。
それは信心にも武芸にも頼らぬ、純粋な魂の強さであろうと思う。
魔王の叙勲を断るに述べた理由は人の子の理。
正しい聖騎士などというものは雲を掴むようにあやふやなものだ。
けれど、それを語るのがエディであるからこそ、燦然たる輝きをもって掲げられる。
堕天使は、その身に沿う影のごとく、一歩下がった位置に立っていた。
自分だけの聖騎士を得んとした魔物たちと、はからずも同じく。]
[ エディが魔王に"望み"を伝えたときには、わずかに唇を開き、固まる。
魔王の下問を受けて、その眦が、ほのかに染まった。]
これが、わたしが監督した候補生だ。
その責は我にあり、また我はこれを請い求める。
粗相をしたらお仕置きだと言っておいたでしょう?
それとも、お仕置きされたかったのですか?
いけない子ですね。
[そんなこと言っていない。
が、蛇にとっては些細な事である。
お仕置きにかこつけて何をしようか、とウェルシュに手を伸ばした時、初めて彼の異変に気付いた。]
どうしました?
まさか私の……なにを見たんです?
[焦点の合わない目の前で手を振り、そのまま顔の輪郭に手を添わせる。
心配の眼差しで彼の様子を見ていたが、途中で我慢しきれなくなって唇を寄せた。*]
[愛しい子が何を見たのか、蛇の知るところではない。
ただ、斬られた時に感じたのは、風の匂いと陽光の温かさだった。
蛇の内側に広がるのは
蛇の鱗が光さえ吸い込むような黒鱗であるのと同様、その魂もまた全てを呑み込む虚無であった。
己の虚を埋めるものを求め、己の魂を温めるものを求めて様々なものを呑む蛇は、やがては太陽すらも呑み込むだろうと予言されている。
ゆえにその名を
[ぷりぷり怒ってるところも可愛いとか、もっとなかせてみたいとか、とろとろにとけてるところも捨てがたいとか、一週間くらいずっと交わっていたいとか、スライムプールならうちの子の体力自動回復で大丈夫かなとか、いっそ中に仕込んでおけば永遠に交わってられるんじゃないかとか、もっと欲しいとおねだりさせたいとか、嫌いなのにいかされちゃうの悔しいなんて言わせてみたいとか、雑念は様々に溢れかえっているが、
ともかくも、手中にした珠に夢中だった。*]
[ アレクシスの中に見えた漆黒の空間は、以前、投げ入れられた水牢の比ではなかった。
そのあまりの果てのなさに目眩がする。
虚ろに酔ったというべきか。
立ちすくんでいると、なにやらピンクの霞が視界を埋め尽くす。
意外と子煩悩なのか?
相手を"知る"はずが、余計にわからなくなった気がした。 ]
[ 声が届く。呼びかける声。
はっと意識を取り戻せば、アレクシスの顔が近かった。
その唇の奥に牙があるのはわかっていたから、とっさに平手を飛ばす。*]
[責任の所在を言い、求めると告げた堕天使の目を暫し見つめた後、重々しく頷く。]
求めるならば、果たされよう。
人の身を得んとするならば、ぬしに宿る天の力を余に捧げるがよい。
[鷹揚な要求とともに、錫杖の先を堕天使に向ける。
先端から溢れ出したのは、黒く粘つく不定形の何かだった。
闇でもない。触手や粘体などでもない。
艶やかな黒は光を帯びながら光を拒み、液体のように波打ち飛沫を上げながら、霞のように朧でとらえどころがない。
それが、堕天使の胸に張り付く。]
[黒が脈打ち光を吸い込む。
ほんの一呼吸か二呼吸ほどの接触だった。
黒がほどけて杖に戻り、代わりにこぶし大の玉を吐き出す。
受け止めた魔王の手の中で、それは内側から透かすような金色に煌いた。]
天の使いを地に根付かせるは、そこに住むものの愛のみである。
仕上げはぬしが選んだ者に委ねよ。
これは、ぬしの力より生じた余禄である。
余の叙勲を受けぬ雛に祝いの品は授けぬが、これは持っていくがよい。
[かつて天使だった、今は何者でもないものへ宝玉を差し出す。
手を近づければ、指輪の"瞳"が開くのに気付くだろう。
宝珠は、月の魔力を備えていた。]
[魔王はうっすらと笑って告げる。]
月に一度きりでは狼とて飢える。
飢えれば狂いもしよう。
それはぬしの裡より狼王の魂呼び覚ますもの。
今少し頻繁に出してやるがいい。
酒と肉を馳走してやれば、あれも喜ぼう。
[これで終わりとばかり、錫杖をゆるりと振った。*]
ぬしも、それでよいな? 狼王よ。
[呼びかけるのは、魔空間でくつろいでいる元天使の同居人に向けてだ。]
あの二人で遊びたいなら、ぬしもうまく立ち回るがよい。
人界であまり目立てばぬしとて狩られもする。
つがいの肉体が失われては、あの雛が不憫よ。
なに。ぬしが退屈せぬよう、あれらが心尽くしてくれよう。
存分に愉しめよ。
[ 魔王が造り出したそれは、片手に収まる宝珠。
小さな月であった。]
あなたらしい采配、と言えようか。
[ 堕天使が受肉することで力を失えば、自分に宿る魔狼もまた力を失うであろうと憶測していた。
その一方で、魔狼が恒常的に優位に立つ可能性もあった。
魔王の処置は、それを諸共に回避する方法といえる。
望んだタイミングで魔狼を化現させられることの価値は、それが月に二度以上に増えても比べ様にならない。
魔狼王にとっても、悪くないトレードなのではなかろうか。]
酒を?
[ 魔王のつきあいの広さならば、あれの好みを知っていてもおかしくはないと思った。]
覚えておこう。
[ 受けた恩義、学んだ愛とともに。*]
くっく、ぐるる…
ぬしも悪よのぉ。
[ いっぺん、言ってみたかったらしい。]
ヒヨコを追跡する手間がはぶけたぜぃ
天使に憑いてアガリというのもつまらぬものだと思っていたところだ、
新たに強いヤツを食らって力を蓄えるニューゲームも愉しみよ。
[ いつかは、この魔王にも挑んでやろうかの、などとご機嫌で考えていた。*]
[痛い。痛かった。
いい音を立てて掌が頬に命中する。
その手首を捕えて押さえこみ、強引にキスを敢行した。
牙は立てない。でも舌は出す。
ちらり舌先差し込んで舐める程度の接触で、今は解放する。]
いけない子にはお仕置きですよ。
それともお仕置きされたくて、そんなことをするのですか?
可愛らしいこと。
[既に、下半身は蛇の姿に戻っていた。
機嫌良さげに尾の先がうねっている。
同じリズムを何倍かに速くして、小蛇も尾をぴたぴた振っていた。]
[とはいえ、今はお仕置きよりも別のことが頭にある。]
もうあなたは私の聖騎士になったのですから、これ以上修道院に留まる必要もないでしょう。
記念パーティーも開かれるようですが、私は早くあなたを私の棲家に連れて帰りたい。
何か持っていきたいものがあれば言ってください。
暫く人間の世界には戻りませんからね。
[そんなことを言いながら私物をまとめ始める。
尾の先端が、ウェルシュの足首にくるりと巻き付いていた。*]
[魔王の前に立って頭を上げていられたのも、影のように傍に立つひとを感じ、守護者になると誓ってくれた証の羽根を胸に差していたからだ。
魔王の視線が彼に向けば息を詰め、遣り取りを見守る。
同道を拒まれたなら。
そんな弱気もあったが、求める言葉が響き合い木霊する。
胸に灯が点る思いだった。
受肉を求めた彼がどうなるのか、人である身には理解が難しかったが、示してくれる決意が嬉しい。]
[魔王が天使の求めを了承し、錫杖を向ける。
その先端から黒いものが飛び出すさまに、息を吞んだ。
攻撃の意図を感じていたら体を張ってでも庇っただろう。
けれども禍々しくはあっても害意は感じなかったから、黒いものが蠢くさまを、拳を握って見つめていた。]
[黒が離れ、金色の珠が渡される。
魔狼を呼び出すものだという。
今でも、あれが目の前に現れることを考えると恐ろしい。
けれどもふたりで行くためには克服しなければならない。
その瞬間をこちらで決められるのなら、いくらでも覚悟できる。
ご馳走を周囲に山盛り用意したら、さすがの狼も大人しくなるのだろうか。
あの肉球の手で、グラスを持て余す姿を想像する余裕もできた。]
感謝する。
[寛容かつ思慮深い魔王の対応に、万感を込めて礼を言う。]
[そして改めて、旅路を共にすることになった彼と向き合う。
この場合、伴侶、と言うべきなのだろうか。]
これから、よろしく頼む。
[師であり守護者である彼へ、いくらかはにかみながら、抱擁を求めた。*]
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